ガイドコラム

近代登山100年と歩む好日山荘 VOL.05 「グラビア雑誌 昭和7年(1932年)「キャムプの一日」

 

オートキャンプは1991年のバブル崩壊のあとにオートキャンプブームが起きました。最近もオートキャンプの盛り上がりをやや感じます。

近代登山の歴史を振り返るなかで、野外活動に範囲を広げて情報収集している今日この頃です。

先日、古本屋で昭和7年7月6日号のグラビア雑誌を見つけました。

いつ頃キャンプという体験をわざわざするようになったのか、興味が湧いてきました。

テントが大いに違いますが。

昭和7年は1932年、山と渓谷社は1930年、好日山荘は1924年に生まれました。

テント泊事始め?

明治40年(1907年)学習院の院長に就任した乃木希典は教育に剣道と水泳を取り入れ、合宿宿舎をテント生活に取り入れるといった厳しい教育を導入したそうです。。

現代のレジャーキャンプ以前は青少年教育に取り入れたのが最初のようですが、そういった屋外体験を持った華族(貴族階級)が20年後にグラビア雑誌を飾ることになったのでしょうか。

日本に於ける「青少年キャンプ」が行われた場所は六甲山麓といわれています。

大正9年(1920年)にYMCA(大阪基督教青年会)が、兵庫県西宮市の阪急苦楽園口駅東南郷山公園付近で夏期テント生活を実施しました。

YMCAの100周年ページを見つけましたので ⇒ こちら

今から88年前とは感じられないのは、私だけでしょうか。

「高原の自動車キャンプ」1929年が世界大恐慌の年で、1930年~31年は日本は「昭和恐慌」という厳しい経済環境だったはずです。せっかく大学を卒業したのに就職できない「大学は出たけれど」が流行語となったのは1930年です。

自家用自動車で出かけるキャンプ、どう考えても貴族階級の遊びなのかなぁとも感じられます。

登山も同じ時代は盛んになっていきました。

もちろん登山装備や人足雇用などお金持ちの道楽といった側面もある一方、厳しい自然環境は誰にでも等しく試練をあたえ、努力鍛錬した者がのみ得られる達成感が広まっていったのだと思います。

関西におけるRCC(ロッククライミングクラブ)など、社会人山岳会や情報発信と交流の場でもあった好日山荘など登山用品販売店が多く立ち上がった時代です。

好日山荘登山学校 ⇒ こちら

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近代登山100年と歩む好日山荘 VOL.01 「明治時代の山登りを探る」

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近代登山100年と歩む好日山荘 VOL.03 「1931年発行の型録にみる創業から7年目、西岡一雄の思い」

近代登山100年と歩む好日山荘 VOL.04 「グラビア雑誌 昭和3年(1928年)にみるウインタースポーツ」

 

この記事を書いたのは「ガイド 加藤智二」

ガイド 加藤智二

公益社団法人日本山岳ガイド協会 認定山岳ガイド
日本プロガイド協会
日本山岳レスキュー協会所属
国立登山研修所講師

1960年生まれ。高校では小学校から続けるサッカーに没頭、キャプテンを務めました。
住み込みで新聞配達をしながら専門学校に通い、一人で山を始めました。卒業後、社会人山岳会に入り沢登り、岩登り、冬山など本格的に登山を開始、84年にネパールを皮切りにパキスタン、中国へ海外登山を行いました。
冬山登山や岩登りも行いますが、植物・地質など自然全般が大好きで、写真撮影も得意としています。
広範囲な登山を目指すことをモットーとしています。
現在は国立登山研修所講師や公益社団法人日本山岳ガイド協会などの事業への協力を行っています。

≪主な海外山行≫
■パキスタン ガッシャーブルムⅡ(8035m)
■中国 チョーオユー(8201m)
■日本・中国・ネパール三国合同チョモランマ・サガルマータ(8848m)

≪関連ホームページ・ブログ≫
■好日山荘登山学校校長のご挨拶

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